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第四十話 決意の脱出

Author: 月歌
last update Last Updated: 2025-03-23 11:00:00
◆◆◆◆◆

王城の空は、茜色から深い群青へと変わりつつあった。

沈みゆく夕日が城に影を落とし、灯火がひとつ、またひとつとともる頃――城内には怒声が響いていた。

「ルイス殿下と聖女が逃亡! 城門を封鎖しろ!」

「全通路に兵を配置しろ! 捕らえるまで止まるな!」

王太子アドリアンの命令のもと、王城は緊張と混乱に包まれていた。

だが、その中を――ふたりの影が駆け抜ける。

「遥、あと少しだ……!」

ルイスは遥の手を取り、王城の奥へと走っていた。

「うん……!」

息を切らしながらも、遥はその手を離さず走る。目指すは馬小屋、そして裏手にある荷馬車搬入口。唯一の脱出経路だった。

廊下の窓からはすでに光が消え、月明かりが淡く差し込んでいる。城の影が深く伸び、夜の帳が降りようとしていた。

そのとき、鎧のこすれる音が近づいてくる。

「そこだ! ルイス殿下を逃がすな!」

兵士たちが剣を抜き、一斉に駆け寄ってきた。

「……っ!」

ルイスは遥を庇うように立ち塞がり、剣を抜いて前に出る。

「王族に刃を向けるつもりか?」

だが兵たちは構えたまま、躊躇いながらも口を開いた。

「殿下……申し訳ありませんが、今や殿下は反逆者と認定されています!」

ふたりが追い詰められ、剣を向けられたその瞬間――

キンッ!

鋭い金属音が鳴り響き、兵士の剣が吹き飛んだ。

「……?」

遥が振り返ると、そこに現れたのは――コナリーだった。

銀の鎧に身を包み、騎士剣を構えた姿。だがその右手はわずかに震え、表情には見えぬ焦りが滲んでいる。

(……やはり、完全には戻っていない)

魔王討伐の最終局面。コナリーは王太子の命で、石化した魔王を砕き続けた。剣が砕けた後も、素手で叩き続けるよう命じられた。砕き続けた代償として、両手の指と関節は変形し、今も強く剣を握ることができない。

騎士として剣は携えるが、かつてのように振るうことはできない。それが、今の彼だった。

「コナリー卿、裏切る気か!?」

兵士の一人が叫ぶ。

だが、コナリーは一歩も退かず、毅然とした声で答える。

「私は、聖女に仕える騎士です。それが、私の誇りです」

「コナリー……!」

遥が息を呑みながら彼を見つめる。

「命令を、遥」

その声に、遥は力強く頷く。

「ルイスと一緒に、魔王領へ向かう! 魔王の秘密を解き明かすために!」

「承知しました」

コナリーは再び剣を構え直す――だが、
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